vol.18 大分のフェアプレーを聞いて思った「勝利の重み」

文■座間健司

 5月23日に小田原で行われたオーシャンカップ2014準々決勝・大分対町田のゲームが注目を集めている。

 前半14分に町田の永島俊が2枚目のイエローカードを提示されて退場した。大分の選手と永島がゴール前で競り合い、永島にイエローカードに該当する「反スポーツ行為」があったと審判がジャッジした。永島の退場となったが、両チームは何が起こったのか理解できなかった。なぜ永島が2枚目のイエローカードを受け、退場しなければならないのか? 審判団に質問したが明確な返答がなかったようだ。退場者を出した町田は少なくとも大分に得点を奪われるまで、もしくは最低でも2分間はひとり少ない4人で戦わなければならなかった。

 しかし、ひとり多い大分はゴールに攻めることなく2分間、パスを回し続けた。審判のジャッジが不当だと感じた大分は2分間をやり過ごすことに決めたのだ。大分のこのアクションを「フェアプレー」と捉えたスタンドからは拍手が起こり、試合のDJも2分間の後に「ナイス、ファアプレー」とアナウンスしたという。

 試合は町田が2-1で大分に勝利している。

 6月17日に大分は日本フットサルリーグ規律フェアプレー委員会により、伊藤雅範監督が公式戦2試合のベンチ入り停止の処分を受けたことを発表した。理由は上記した町田戦で「『チーム又は選手等による著しい違反行為』に該当する」ことがあったためのようだ。伊藤監督がどんな違反行為を犯したのかは明記されていない。だからどの場面が『チーム又は選手等による著しい違反行為』に該当したのかはわからないが、処分の対象となったのは上記した場面と推測されている。大分が判定に抗議するかのように2分間パスを回した。そのパス回しを容認、もしくは支持した伊藤監督のベンチワークが『チーム又は選手等による著しい違反行為』と判断され、処分が下されたのだろう。

 大分が2分間、ボールを回し続けた。この珍事が"トップカテゴリー"のタイトルが懸かったトーナメント戦で起きたことに僕は衝撃を覚える。いかにFリーグで1勝の重みがないのか。大分が観衆の前で実証してしまった。

 なんて勝利に希薄なんだろう。
 なんて勝利に重みがないのだろう。

 Fリーグは改めて言うまでもないが、全国リーグであって、プロリーグではない。名古屋以外のチームはプロではない。Fリーグのほとんどの選手は仕事をしながらプレーしている。プレーに生活が懸かっていない。1敗したから、タイトルを逃したからって、自分のサラリーが減るわけでも、勝ったからと言って増えるわけでもない。1勝で人生が変わるわけでもない。

 しかし、だ。

 多くのサポーターが応援し、ホームタウンの名が入った、ユニフォームにスポンサーがついているチームがみすみす得点機、もっと言えば勝利の機会をチャレンジもせずにみすみす逃していいのだろうか。

 大分は町田がひとりいない2分間をやり過ごした。負傷者がコートに倒れたので、外にボールを蹴り出したとか、相手チームの負傷者がいたから肩を貸してやったとか、足を伸ばしたとかそういう「フェアプレー」とは明らかに違う。「誤審」というゲームで繁栄に起こるアクシデントを大分は利用することをよしとせず、ゴール機会を逃したのだ。スコアは0-0のだったのに、先制点の大きなチャンスをみすみす手放した。もし僕が大分を応援するサポーターだとしたら怒っていただろう。ましてやそういうことをしておいて、負けているのだから、馬鹿らしくなってチームの応援をやめてしまうかもしれない。

 大分は昨シーズンのプレーオフ決勝でそういう場面があったら、2分間をやり過ごしたのだろうか。大分は後半の負けている時に相手チームの選手が不可解な判定で退場した時に、攻撃をしないのだろうか。

 勝利にあまりにも重みがないのだ。
 
 僕はFリーグが開幕したシーズンのセントラル開催を見て、フットサルマガジンピヴォ!編集部員時代に「ぬるま湯」というレポートを書いた。それから7年、選手のスキルは向上した。身体は強靭になった。頭の回転も速くなった。ゲームパフォーマンスはあがっているのだろうが、大分の2分間が「フェアプレー」と捉えられてしまうことに大きな違和感を覚えるし、まだ根っこの部分ではFリーグは「ぬるま湯」なのだと痛感してしまった。タイトルを逃しても、ゲームで負けても大分の選手や監督にとっては大したことないのだ。

 今年3月に元浦安の監督で現在はハンガリー代表監督を務めるシト・リベラが湘南のサテライトチーム、ロンドリーナの中学生、小学生を指導した。その時にシト・リベラはゲーム形式のトレーニングを行った。トレーニング前にスペイン人指揮官は選手たちに「ゲームに勝ちたいか?」と聞いた。「勝ちたい」とみんなが答えたが、そのセッションの休憩時に「勝ちたい」と言っていた選手たちにゲームのスコアを聞くと誰もスコアを言えなかった。もし勝負に勝ちたいなら残り時間などいろんな情報を気にしなければならないが、実際は最も重要なスコアを誰も頭に留めていなかったのだ。口では「勝ちたい」と言っても、トレーニングとなると誰もスコアを気にしない。これは日本人の国民性、教育、文化からそうなるのか、わからない。シト・リベラは浦安での経験から、日本人のキャラクターを理解していた。選手たちが勝利に執着していないと思い、あえて選手たちにトレーニングの時に問いかけたのだ。

 僕もこの時に「なぜ選手は勝敗を気にかけないんだろう?」って思ったが、将来のFリーガーのお手本となるべき日本のトップカテゴリーのチームが勝利に希薄なのだ。だから仕方がないのかもしれない。大分の話を聞いた時にそんなことを考え、思わず腑に落ちてしまった。

 はたして1勝に重みを感じないリーグが観衆に、子どもたちに魅力的に映るだろうか。エンターティメントとして面白いだろうか。この勝利への希薄さは降格制度や全チームがプロになるまで拭い去ることはできないのだろうか。

 

プロフィール
座間健司(ざまけんじ)
1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして"フットサルマガジンピヴォ!"の編集を務め、卒業後、そのまま"フットサルマガジンピヴォ!"編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。"2011年フットサルマガジンピヴォ!"休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。

 

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