vol.13 「フットサルをいろんな角度からアプローチできるようになった」
スペイン産日本人監督・渡邊健インタビュー・その2

文■座間健司
写真提供■渡邊健

 昨夏にスペイン指導者ライセンス・レベル3を取得した日本人監督、渡邊健のインタビューの続き。

 スペイン人監督はなぜ世界中で成功をおさめているのか。その成功の要因に指導者ライセンス制度は大きな役割を果たしているのか。また指導者の立場から見たスペインフットサルの強さの要因とは?

 スペインが生んだ日本人監督に話を聞いた。
 
ーー話は変わりますが、今アジアには各国代表の監督にスペイン人が多くいます。日本代表のミゲル・ロドリゴがまさにその代表例です。スペイン人監督がアジアのフットサルのレベルを上げています。今年のAFCクラブ選手権で優勝したタイのクラブチームもスペイン人監督プルピスが率いていました。名古屋オーシャンズのビクトル・アコスタもスペイン人監督です。世界中で多くのスペイン人監督が成功をおさめています。その国の、地域のフットサルを向上をさせています。僕は指導者ライセンスがスペインが優秀な監督を生み出している1番大きな要因になっていると思います。レベル3を取得した渡邊さんに聞いてみたいんですけど、実際に指導者ライセンス制度はスペインのフットサルを強くしている大きな要因だと思いますか?
「思います。結局、言葉を誰かが定義しないとその物事の発展がありえないと思います。誰かが『カウンターアタック』という定義を細かく決める。言葉を定義してみんなで統一してから始めなければ発展はありません。スペインは言葉を定義した後に細かく分類している。『カウンター』のトレーニングは多くの種類がある。その中でうちのチームは『カウンター』のこの部分を伸ばしたいから、今日はこのトレーニングをする。そういうことをどんどんやっているからスペインのフットサルは発展していく。また、スペイン人指導者はすごい開放的ですね。経験が豊富なトップレベルの監督がどんどんクリニックをして、自分たちの持っている知識やアイデアを惜しみなく提供します。みんなでアイデアの共有をして、裾野まで最先端の情報を早く広げようとする。これでもかってくらい多くの情報を出す。他の監督も同じように多くの情報を出す。そうすることで相乗効果が生まれています。指導者がすごくオープンですよね」

ーースペインでは同じ大会に参加してようが、ビデオを渡したりとか情報を活発に監督同士が交換しますよね。ただ試合ではその情報を踏まえた上でお互いにどうするのか? っていう勝負になるじゃないですか。いかに相手チームをだますか? の勝負がベンチワークでもあります。情報を隠すとかではなくて、互いに情報を知った上でいかに相手の逆をつくかっていう勝負を監督同士はしていますよね。
「クラブ間はそうですね。ただ代表同士に関してはそういう情報はすごく敏感なのかなって思っています。バルセロナのオスピタレというクラブがクウェート代表とトレーニングマッチをしたんですけど、僕はオスピタレのクラブの人間としてビデオを撮っていたんです。ですが相手のスタッフの方から『お前は中国人か?』と聞かれて、『それ以上ビデオを撮ると試合を中止にする』って言われたんです。僕はオスピタレのスタッフとしてそのゲームにいたので、彼らがその後アジアの大会で対戦した中国チームの関係者でもなんでもないけど、向こうが言い張るから、ビデオ撮影は結局やめたんです。代表に関してはそういうものかって思いました」

ーー文化の違いもありますしね。スペインのクラブ間の話に絞ると情報はオープンですよね。
「結局、そうやって情報を出すことで全てのものが早く発展していく。そこは大きな違いだと思います。あとはどれだけ自分の知識、アイデアを出してもフットサルは選手によるところが大きいスポーツですからね。僕が『サッカーとフットサルの大きな違いだな』って思うことがあります。選手がいてシステムがあるのがフットサル。システムがあって選手があるのがサッカー。サッカーは監督の考えるシステムがあって、そこに選手を当てはめることができるけど、フットサルは選手によってシステムが決まる割合が高いと思いました。たとえばフェルナンダウやベットンといった典型的なピヴォがいるのにクアトロゼロのシステムでプレーするのはすごくもったいない。ピヴォのキャラクターを活かせていないんですから。その選手の特徴を活かした戦い方をしなければフットサルはもったいない。逆にピヴォがいないからといって、小さい選手をわざわざピヴォで使うこともない。足元が巧いゴレイロがいたら、そんな彼のキックを活かした戦い方を考えますよね。選手のキャラクター、プレースタイルでチームの戦い方が決まっていくの割合が高いのがフットサルだと思います。だから毎シーズン、選手が入れ替わると監督が同じでもチームの戦い方が変わりますよね」

ーーいくら同じ監督が続けていようが、人が替わるからフットサルも変わる。
「サッカーよりも選手の特徴にすごく左右されると思います」

ーー逆に監督にはどの選手のキャラクターも使いこなせる知識、指導力がなければいけない? 
「そうです。だから正しくいろんなものを定義し、多くのことを知っていないとフットサルを戦うのは難しいと思います」

ーー知識、見識を広める上でもライセンス制度は大きな効果がありますね。
「効果はあると思います。単純にフットサルの戦術だけを学んでいるわけじゃありません。テクニックがあって、フィジカルがあって、解剖学もあって、心理学もあって、社会学もある。幅広いから今までフットサルを見ていた自分の視野が広がっていく。他の分野からもフットサルをアプローチしていけるようになります。スペインに来て僕はすごくフィジカルに興味を持ちました。フィジカルも細分化されていて、それを知らないとインテグラルトレーニングはつくれません。フィジカル、テクニック、タクティクス、精神力を養うトレーニングです。ですからフィジカルも知らないとトレーニングの目的がわからなくなってしまう。インテグラルトレーニングでもフィジカル部分でのこのトレーニングの目的、意図を選手たちに伝えてあげないといけない。戦術はわかる。テクニックもわかる。フィジカルは何なの? ではいけません。
 僕はプレーヤーとしては東京都のオープンリーグでしかプレーしていません。でも指導者になりたいと思い、どうせ勉強するのならば世界で最もレベルの高いところで学びたいと思い、それでスペインに来ました。スペインには先に在原くん(現フットサル女子日本代表監督)がいたけど、誰も日本人がやっていないことをやりたいって思っていました。運よくチャビ・クロサスのチームのテクニカルスタッフになれたし、今シーズンからは4部のトップチームを指揮し、レベル3も習得できました。その過程ででいろんな情報を得て、すごく自信を持って今はチームを指導できています。だけど日本でも僕と同じくらい情熱と時間を使って指導に打ち込んでいる人はいるけど、そんな人の情熱に国内のフットサルの知識が追いついていないからすごくもったいないと思います。プレーヤーとしては全くだった僕がスペインでレベル3をとれた。こんな僕でも出来たんです(笑)だから誰でもやれば出来ますし、もっと多くの人がスペインに来て欲しいです。もしくはスペインの情報をもっと多く日本に送ることができたらいいなって思っています。アイデアの共有はフットサルの発展には必要不可欠です。日本はまだ情報の共有が足りないと思います。Fリーグの監督の方々がクリニックなど多くの指導者の方と巡り合う機会がもっとあれば、日本のフットサルは今までの以上のスピードで発展していくと思います」

ーースペインに来た当初はレベル3をとれるとは思っていなかった。そう言っていましたけど、実際に取得しました。そして今は今後の目標も目的も変わったと思います。
「今までは絶対に日本に帰ろうと思っていましたけど、もっと広く世界を見てもいいとも思っています。いい環境があって、自分を求めてくれるのであれば監督業を続けるのは日本でなくてもいい。もちろんスペインが望ましいですけど、やっぱりスペインはスペインでレベルが高いし、経済的な問題があるからあと1、2年ですかね。その間にどこか興味のある話があれば挑戦してみたい。もちろん日本からお話をいただければ最高ですけど。今はどこでも監督してやっていける自信がついたんだと思います。いろんなものにチャレンジしていきたいです」

ーーなるほど。
「ライセンスを取得したからと言って、そのライセンスを持っている人がいい監督とは決して思いません。ただライセンスを取得する過程でいろんなことを学ぶことが出来ました。チームを指揮する準備は整った。自信がついたと思います。今はこちらでスペインの4部で監督を任されて、いい経験をしています。何とかこの1シーズンはチームから与えられた目標をクリアしたいと思っています」

ーー目標というのは?
「残留です。今シーズンから5部から4部に昇格したので」

ーー週のトレーニング日数は?
「シーズン前の3週間は週4日で、今は週3日です。選手は社会人が多いです」

ーー苦労することはありますか? たとえばあなたが日本人だから苦労することとか。
「トレーニングが時折緩い雰囲気になってしまう。それは自分が日本人だからというのはいい訳にしたくないですが、チームをしめるという意味で難しさを感じています。うちのチームはちょっと変わっていて、稀に見る多国籍軍なんです。ベネズエラ人、アルゼンチン人、モロッコ人、ブラジル人、あとスペイン人に日本人の自分が監督。6か国の人がいるちょっと変わったチームなんです。スペインリーグ4部のレベルは高いですし、元プロも多くいます。結局3部も給料を払えなくなってきている。1部でプレーしていた元プロ選手の感覚も変わってきていて、お金が受けられないのであれば、自分の友だちとフットサルをやろう、友だちとプレーを楽しもうと。だから今の4部にも多くの元プロ選手がいるのでレベルは高いです。ここで1シーズン、チームを第1監督として指揮できるので楽しみです。この与えられた機会をぜひ活かしたい」

ーー僕はFリーグに日本人の監督市場ができればいいなと思っています。結果を残した監督がどんどん大きなクラブに引き抜かれていく。たとえば日本では府中から大分に伊藤さんが移動しただけで監督の動きがあまりないという印象を受けました。たとえば過去に全日本を制覇しているフウガの須賀監督。実際にFリーグのクラブからオファーがあったのか、なかったのか。僕は全く分かりません。何も知りません。ただ須賀監督がフウガから動いていないのは事実です。Fリーグのクラブからフウガの選手が引き抜かれる。それが監督間でも起これば、そういう監督の移籍市場ができれば、もっとリーグは活性化すると思っています。日本人のプロの監督です。スペインリーグの歴史は1989年に始まりましたが、リーグができて約10年後の2000年にはそういう市場がありました。日本でも選手の移籍市場に加えて、監督の移籍市場もできればと思っています。だから勝手なお願いですが、渡邊さんにもその道を切り拓いて欲しい。ただFリーグはプロフェッショナルなリーグではなく全国リーグです。選手もまだまだ移籍は活発ではなく、全チームがプロフェッショナルな環境ではありません。ただ監督市場を開拓する。その第1人者になってくれることを木暮さん(現U-23Fリーグ選抜監督)や在原くん(現フットサル日本女子代表監督)、そして渡邊さんに僕は勝手に期待しています。
「僕も多くの監督の方と情報を共有し、試合で勝つために全ての戦略を使いきって競い合いたいです。自分たちの戦い方はこのスタイルだから頑なに同じ戦い方をするのではなく、相手がこう来たから自分たちはこういう策で対抗する。勝利するための采配で競い合いたいです」

ーー自分たちの戦い方を一貫するだけではなく、勝つためにベンチは何をするか。日本ではまだ難しいと僕は考えています。なぜなら絶対に勝たなければいけないという局面がないからです。プロフェッショナルな名古屋オーシャンズにはタイトル獲得という義務があります。タイトル争いはありますがタイトル獲得が至上命題となっているのは1チームだけです。Fリーグには降格がない。絶対に勝たなければいけないという危機感がなければそういうものは芽生えません。極端な話をすれば1勝できなくても翌シーズンもトップカテゴリーにいられる。それがFリーグです。昨シーズン、名古屋がフウガとプーマカップで素晴らしいゲームをしました。名古屋と名勝負をするのはトップリーグに属していない地域リーグのチーム。この事実を他のFリーグに属するチームはどう捉えているんでしょうか? 恥ずかしいと思っているのならばまだ救われます。最後に渡邊さんと親交がある日本代表のミゲル・ロドリゴ監督からレベル3修得後、何か言葉はありましたか?
「僕が4部のスペインチームを指揮することも含めて、すごく喜んでくれて、祝福してくれました。僕はいつもように『日本で仕事があればすぐに行くよ』と彼には伝えています」


今シーズンからはCEアレーニャ・ホスピタレの第1監督を務める渡邊。多国籍軍をまとめる苦労と経験は渡邊にとって貴重な財産となるだろう。


スペインフットサルライセンス・レベル3の資格取得の合宿参加者との記念写真。元スペイン代表のダニエル、セサルらも受講していた。




【プロフィール】
渡邊健(わたなべ・けん)
1978年03月01日生まれ、長崎県出身。

2006年08月ブラジル弾丸ツアーに参加。本格的に指導者の勉強を始める。
2006年11月スペイン旅行にて留学を決意。
2007年07月スペイン・バルセロナに渡る。

2007-2008 シーズン
CLUB ESPORTIU ESCOLA PIAトップチーム(全国リーグ3部) 帯同
CE AHLENA HOSPITALETサテライトチーム(地域5部) 練習生

2008-2009シーズン
HOSPITALET BELLSPORTトップチーム(全国リーグ3部) 主務
スペインフットサルコーチライセンス レベル1取得

2009-2010シーズン
HOSPITALET BELLSPORTトップチーム(全国リーグ3部) 主務
HOSPITALET BELLSPORTインファンティル(12-13歳) 第2監督
スペインフットサルコーチライセンス レベル2取得

2010-2011シーズン
HOSPITALET BELLSPORTトップチーム(全国リーグ3部) 主務
HOSPITALET BELLSPORT育成GKコーチ

2011-2012シーズン
HOSPITALET BELLSPORTトップチーム(全国リーグ2部) アシスタントスタッフ
CE AHLENA HOSPITALETサテライトチーム(地域3部) 第1監督

2012-2013シーズン
CE AHLENA HOSPITALETサテライトチーム(地域3部) 第1監督
スペインフットサルコーチライセンス レベル3取得(最高レベル)

2013-2014シーズン
CE AHLENA HOSPITALET トップチーム(全国リーグ4部)第1監督



プロフィール
座間健司(ざまけんじ)
1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして"フットサルマガジンピヴォ!"の編集を務め、卒業後、そのまま"フットサルマガジンピヴォ!"編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。"2011年フットサルマガジンピヴォ!"休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。

 

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