vol.6 サッカーからフットサルへ転向したセルタのブラジル人選手

 スペインでフットボールで偉大なキャリアを築き、そしてその後、フットサルへ転向したプレーヤーを探っていると近年ひとりプレーヤーの名前を見つけることができた。
 
 ブラジル人のジオバネッラ。

 1999年から2007年までスペインリーグのセルタに所属していた選手だ。この時代のセルタはロシア代表のモストボイやカルピンの"ロシアンコネクション"を中心にブラジル代表サイドバックのシルビーニョらタレントを揃え、一大旋風を巻き起こした。2002−2003シーズンにはリーグ戦で4位になると、よくシーズンにはUEFAチャンピオンズリーグに出場。しかし、地球上で最も注目が集まり、過酷な大会に出場した結果、一気に2部へ転落してしまった。二兎追うものは一兎も得ず。ベティスなど当時スペインでよく発生していた現象がセルタにも起こってしまった。

 ジオバネッラはそんなセルタが栄化を極めた時代の中盤を支える選手だった。僕が彼で印象に残っているのは2001年のガリシア・ダービーでのことだった。当時スペイン代表のサイドバックだった相手チームのマヌエル・パブロとボールを奪い合いタックル。ジオバネッラのタックルにより、2002年のワールドカップ出場が期待されていたサイドバックは足の甲が折れてしまい、足はだらんとまるでゴムのようにぶらさがっていた。自分のしたことにショックを受けたブラジル人が試合中にもかかわらず、泣いていた。

 そんなエピソードを持つジオバネッラは2006年セルタに所属している時にサッカーのトップチームを辞めて、フットサル部門トップチームとの契約を交わした。2006年9月4日、地元紙が一斉に報じる。2006−2007シーズン、セルタのフットサル部門は1部に昇格。現在ブラジル代表の主力であるアリや元ブラジル代表のピヴォ、インジオ、パラグアイ代表のチラベルトら優秀な選手が揃っていた。そのシーズンはバルセロナも1部に昇格。互いに1部残留争いをしていたが、サッカークラブ同士のフットサル部門が顔を合わせるということも起きた。

 しかしセルタとの契約が大きな注目を集めたが、ジオバネッラは1度も1部のピッチに立つことはなかった。そのトップチームの下のカテゴリーでプレーをすることはあったが、結局トップチームの試合には1度も出場していない。このシーズン、セルタは1部リーグ最下位となる。そんなチームでもブラジル人には出場機会がなかった。

 いろいろと探してみたがプロサッカー選手がフットサル選手へ転身して、しっかり足跡を残しているのはクロアチア人のヤルニだけだ。

 日本代表候補に召集されている三浦知良。果たして、彼はサッカー選手からフットサル選手へ転向して成功する初めての選手となるのだろうか。


プロフィール
座間健司(ざまけんじ)
1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして"フットサルマガジンピヴォ!"の編集を務め、卒業後、そのまま"フットサルマガジンピヴォ!"編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。"2011年フットサルマガジンピヴォ!"休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。

 

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