vol.5 ヤルニの言葉と三浦知良の可能性

 J2横浜FCに所属する三浦知良選手。彼に日本サッカー協会からフットサル日本代表入りが正式に要請されているニュースをよく目にする。「フットサル」という文字がこれだけ多くのメディアで躍ることがかつてあっただろうか? 改めて三浦知良の影響力を思い知らされる毎日だ。

 もし三浦知良が日本代表入りした場合、彼はどんなパフォーマンスをタイで見せてくれるのだろうか? 昨季参加したFリーグでのパフォーマンスのようにブラジル代表相手に、ファルカン相手に、またはポルトガル相手に、リカルジーニョを相手に彼は積極的にシュートを放つことができるのだろうか。サッカーとの違いに戸惑うことはないのだろうか。

 サッカーの名選手がフットサルに転身するとどうなるか? サッカーからフットサルへ転向した選手で有名なのはスペインのレアル・マドリッド、イタリアのユベントスに所属し、1998年のワールドカップでクロアチア代表として母国3位入賞に貢献したヤルニだ。

 僕は2012年2月に欧州選手権が行なわれていたクロアチアの首都ザグレブで大会親善大使を務めていた彼にホテルで話を聞かせてもらった。『フットサルナビ 2012年5月号』にその時の彼のインタビューが掲載されているので、まだご覧になっていない方はぜひ読んでいただきたい。

 気温がマイナス16度にもなる積雪のザグレブ。そんな街でサンティアゴ・ベルナベウを疾走した元左サイドバックが口に言葉の中で強く印象に残っているものがある。それは「フットサルは難しい」というフレーズだ。ヤルニはサッカー選手として自身の"武器"であったスピードや瞬発力をフットサルでうまく利用できるまでに3か月かかったと言っていた。

 フットサルとサッカーは競技者も、スペースの大きさも違う。足でボールを扱うということ以外、ほとんどこの両者に共通項はない。似ていても全く異なるスポーツなのだ。特に僕が違うと思うのはシンキングスピードだ。フットサルはパスを受ける前に予め考えておかなければいけないことをより要求される。パスを受けた時に初めて次のプレーを思い浮かべるようではもう遅い。ましてや現代フットサルはそのスピードがシーズンを重ねるごとに速くなっている。果たしてサッカーからフットサルに転向したばかりの三浦知良選手がこのスピードについていくことができるのか。ましてや相手は前回王者のブラジル、そして欧州の強豪ポルトガルだ。毎日フットサルのトレーニングをしている選手たちや今の日本代表もこの「シンキングスピード」や「個人戦術」という部分を伸ばすことに最も苦労している。今の日本のフットサル選手は18歳以降にフットサルを始めた選手がほとんどなので小学生高学年や中学生から始める戦略的なトレーニングをこなしていないから、どうしても戦術、戦略面で先進国の選手と比べてると劣ってしまう。

 ヤルニは自身の武器を小さなボールと小さなピッチで行うゲームでしっかり利用できるまで3か月かかると語った。果たして三浦知良は仮に日本代表に召集されたとして、すぐさま11月ワールドカップの舞台で自身の武器を活かすことができるのだろうか?

 僕は三浦知良がワールドカップで活躍するのは難しいと考えている。

 妥協することを知らないプロフェッショナルなフットボラーはきっちりと本大会までにフットサルのトレーニングをこなしてくるだろう。しかし、それでもやはり難しいのではないか、と僕は考える。

 ひとつ希望があるとすれば、彼が15歳でブラジルに渡っているという点だ。ブラジルのクラブで留学当初どんなトレーニングを行なっていたのか、僕には全くわからない。ただ仮にこの15から18歳くらいまでの間にブラジルでトレーニングの一環としてフットサルを行なっていたのならば、三浦知良はタイのピッチで輝くかもしれない。最近の何かの記者会見で「ブラジルでフットサルの大会に出ていたこともあるので」と彼は語っていた。

 もう8年以上前の話になるが、プーマのイベントでフットサルをしていた三浦知良のプレーを見たことがある。その時の彼のパフォーマンスにはブラジルでフットサルをやっていたと思い当たるようなプレーはほとんど見られなかった。そう記憶している。ただもし仮に三浦知良が16歳くらいの時にブラジルで短い期間でも本格的にフットサルをやっていたとしたら、ミゲル・ロドリゴ監督の指導やFリーガーである代表選手たちとのトレーニングで約30年前に彼が手にした感覚がワールドカップ前に蘇ってくるというわずかな可能性が生じるかもしれない。

 僕はワールドカップに三浦知良が日本代表として参加すること賛成だ。彼によってこのスポーツには史上かつてないほどスポットライトが向けられることは間違いない。たとえば、その効果により、Fリーグの何チームかにスポンサーがつき、一気にプロ化が加速するクラブがあるかもしれない。もしくは何十名単位の選手が新たにフットサルだけをプレーして生活できる環境を手にできるようになるかもしれない。それだけフットサルにスポットライトを当てることができる選手が今のFリーグにいるだろうか。上記したようにピッチでのパフォーマンスに僕は大きな期待を抱いていない。わずかな希望しか抱いていない。ただ彼の影響力を考えるとフットサルにとってこれほど幸せなことはない。また彼ほど日本代表のユニフォームを着ることの意味を選手たちに伝えてくれる選手はいないだろう。三浦知良に感化され、彼のプロ意識が選手に伝染し、Fリーガーが豹変するはずだ。ゆえに僕は14名の枠のうちのひとりに三浦知良選手が選ばれることには賛成だし、彼の召集に胸を躍らせている。


プロフィール
座間健司(ざまけんじ)
1980年7月25日生まれ、東京都出身。2002年、東海大学文学部在学中からバイトとして"フットサルマガジンピヴォ!"の編集を務め、卒業後、そのまま"フットサルマガジンピヴォ!"編集部に入社。2004年夏に渡西し、スペインを中心に世界のフットサルを追っている。"2011年フットサルマガジンピヴォ!"休刊。2012年よりフットサルを中心にフリーライター&フォトグラファーとして活動を始める。

 

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