第3回「涙の成分」

関西フットサルの顔と言われていた藤井健太が、バルドラール浦安の前身チーム、プレデターに移籍したのは、2005年のことだった。

そして、この移籍をキッカケにチームは飛躍した。

そのシーズンの全日本選手権で初優勝を飾り、関東リーグでは、ファイルフォックス、カスカヴェウと肩を並べる存在となった。Fリーグが開幕してからは、名古屋に次ぐ二強の地位を確保した。

藤井はまぎれもなく、浦安の一時代を築いた立役者の一人だった。

しかし、今年33歳になったベテランは、昨季終了後に解雇を言い渡される。

それでも。

移籍した町田で不慣れなフィクソを任さならがも、「さらに成長できる」とポジティブに捉え、藤井は今季も圧倒的な存在感を放っている。

9月6日、Fリーグ第3節、浦安市総合体育館で行なわれた浦安対町田戦。

この試合は、4年に渡り日本代表のキャプテンを務め、フットサル界の顔となった男にとって、自身のアイデンティティーを証明するための試合だった。


藤井は、どちらかと言えば、感情を表に出すタイプの選手である。

ただし、そうしながらも、冷静でいることができる選手である。

町田に移籍してからは、より冷静に、より若手に気遣い、自分よりもチーム全体に気を配っていた。

それは藤井が、町田に勝者のメンタリティーを植えつけるのは自分の役割だと認識し、このチームを変えるのは自分次第だという強い責任感を持っているからだ。

ただし、この日の藤井は、少し違っていた。

相手をブロックしたときは拳を握りしめて雄叫びをあげ、シュートをセーブされたときは大きなジェスチャーで悔しがった。

その感情表現自体は、いつもと変わらなかったが、いつもよりも少し冷静さを欠いている印象を受けた。

そして、1−1で迎えた前半残り1分、藤井のミスから失点が生まれる。

最後尾でボールを残そうとし、それを拾った稲田祐介にシュートを決められた。

後半さらに1点を奪われた町田は、残り8分からパワ-プレーを始め、1点差に詰め寄るが届かず、2−3で敗れた。

試合後、監督会見が行われるプレスルームに戻る記者達を尻目に、僕は記者席からピッチの藤井を追った。

やはり、藤井は泣いていた。

そしてミックスゾーン。

幾度となく話を聞いた浦安市総合体育館のロビーの衝立で仕切られたエリアに、藤井が現れる。

この場所で、左胸に町田のエンブレムが付いた黒のポロシャツを着ている藤井に、話を聞くことには違和感がある。

最初の質問は、この試合への想い入れについて。

「特別でしたか?」とある記者が聞く。

「うーん。……特別と言ったら、特別だった」

藤井は、何度も言葉をつまらせながら、振り絞るように声を出す。

「……2年間プレーしてきたここで、自分が新たなチームで頑張っている姿だったり、こいつはやっぱりいい選手だったということ、藤井健太であることを証明したいというか……

 そのなかで、今日は勝ちたかった。

 個人的なことは意識しないでやろうとしていたけど、やっぱり今日は……思っている以上に、そこを意識してしまっていたのかなと。終わってみて、自分の役割を考えると、それは反省するべき点。1人でやっているわけじゃないから。

 終わってみて吹っ切れたというか、町田のために、町田でやるべきことをしっかりやって勝利をもぎ取らないといけない。自分がどうじゃなくて。そういうことも感じ取れた試合でした」

「2年間プレーしてきたここで」と言う時は、ロビーの天上を見上げ、溢れ出す感情をこらえようとしていた。

失礼な話、また泣くんじゃないかとさえ思った。

「涙の意味は?」という次の質問。

「いろんな想いがあったかな。確かに悔しさもあったけど、改めて、このホームはいいところなんだということと、試合後、(浦安の選手達が)自分に対して声をかけてくれたこともあって、ありがたさと、自分は違うチームでスタートを切りますということ、さまざまな想いがあった」

軽く鼻をすする。そして続ける。

「一番は、ハーフタイムに甲斐選手が…」

また、鼻をすすり、呼吸を整える。

「『浦安に、こんな素晴らしい選手を手放したことを後悔させよう。そのためにも今日は勝たないといけない』と言ってくれたことへの感謝というか……また素晴らしいチームに入れたと感じたし、すごく嬉しかった。それに対して、自分自身がチームのために勝利を掴みたかった」

町田の最後の猛攻、決定機で甲斐が放ったシュートが決まっていれば。

あるいは、残り3秒のコーナキックを受け、藤井が放ったシュートが決まっていれば。

いずれにせよ、美談となったことだろう。

しかし町田は負け、藤井は涙を流し、甲斐は藤井の肩を抱いていた。

浦安への郷愁、感謝、決別、新しい仲間への感謝、そのチームを勝たすことができなかったことへの悔しさ。

それ以外にも言葉だけでは説明できない複雑な想いが、藤井の涙には込められていたことだろう。

「でも、今日で、いいスタートを切れると思います。自分ではスタートを切ったつもりだったけど、いろんな想いがあった。今後は、個人的なこと(に固執すること)はない」

それは、浦安への決別宣言だった。

試合についてのコメントをもらったあと、ミックスゾーンを去ろうとする藤井に、「最後のシュート、惜しかったですね」と伝えた。

「アレを決めないと僕じゃないので。もう一度そういう自分を掴めるように。でも、大丈夫だと思います。今日で…」

吹っ切れました?

「はい。チームへの愛が強くなったんで」

そう言いながら藤井は、胸のエンブレムをポンッと叩いた。

高田 宗太郎プロフィール
1982年1月6日生まれ、神奈川県出身。2004年春、東海大学工学部を卒業。在学中にフットサルの魅力に取り憑かれ 、卒業と同時に当時唯一のフットサル専門誌だったフットサル マガジンピヴォ!の編集者になる。2006年春からは編集チーフを任され、2008年3月に4年務めたピヴォ!を退社。以降、フットサルライターとして活動中。モットーは「フットサルに対して謙虚であれ」。
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