アドリアーノの功罪

どん底からのスタート

Fリーグ1年目、1勝5敗とスタートから躓き、将来も期待できないほど壊滅的な状況だった大阪の監督にアドリアーノは就任した。それから3年間で、オーシャンアリーナカップ2連覇をはじめ、名古屋のライバルにまで成長できるとは、この時は誰も想像できなかっただろう。そう考えると、彼の功績は大きい。

独裁政権でチーム改革

村上哲哉、吉成圭、藤原潤、佐藤亮、イゴール、エビーニョと、アドリアーノは自分が作るパズルに適するピースをとにかく集め、組織的に連動するリズミカルなパスワークと献身的な守備をチームに徹底させた。その結果、大阪=パスワークと認知させるほどハイレベルな組織ができあがり、名古屋が相手でもポゼッションで負けない戦いができるようになった。
そして、アドリアーノの功績として最も大きいのは、イゴールの獲得だろう。これまで日本と世界の大きな差のひとつだった、ゴレイロのポジションで日本規格外のゴレイロを獲得し、守備力を大幅に向上させたうえに、日本人にゴレイロの重要性を認めさせた。

自身の限界がチームの限界

しかし、組織重視という自分の好みに合ったピース探しを徹底したため、岸本武志のように独創力の高い選手が切り捨てられ、画一的な選手が揃ってしまった。その結果、組織力の強化で守備力やパスワーク、パワープレーなどは向上したものの、臨機応変さや個の強さが求められる相手ゴール近くでの攻撃に関してはいっこうに改善策が見られなかった。これがアドリアーノの今の限界であり、大阪がリーグ戦で勝ち点を積み重ねられない原因である。

辞任ではなく解任が適切

ちなみに、アドリアーノが在籍した4シーズンで勝ち越したのは、2009年シーズンの1回だけで、その他は大幅に負け越している。その他、浦安は2度(いずれもシト・リベラ監督)、神戸は1度勝ち越している。町田は2009年シーズンの1度だけだが、逃した2年とも負け数と勝ち数の違いはわずかに1つだけである。つまり、大阪は強いという印象があるが、実際のところはそれほど結果は良くないのがわかる。
2007年秋にどん底だった大阪を救ったアドリアーノの功績は大きいが、選手層や環境、年数を考えると去るのは当然であり、解任されなかっただけありがたいと言えよう。