得点王によるゆとり

自分が先頭を切らなければならなかったGALO☆時代

フットサル黎明期を支えたGALO☆もシャークスや府中アスレティックへ人材が流出し、05年シーズンはエースとしてチームを牽引しなければならなかった。しかし、他のチームとの実力差は明らかで、孤軍奮闘も関東リーグでは限界があった。結果がついてこないだけでなく、戦う気持ちが薄いチームメイトに対して彼らよりも若い横江が叱咤激励しなければならない状況だった。
そんな無理がたたってか、腰の持病が悪化してチームを離脱。チームも関東リーグから降格した。この年の横江は常に刺々しく、がむしゃらに走り続けていたようなシーズンだった。

用意されたレール

横江は降格を機に、かねてから噂のあったCASCAVELへ移籍した。GALO時代とは違い駒は全て揃っており、甲斐からのパスを待ち、サイドからドリブルを仕掛けてシュートを放つ。ゴール前には稲田祐介(現浦安)や金山友紀が詰める。守備は最後尾で久光重貴がしっかり守るから、チャンスメーカーとして働けば良かった。しかも、周りは年上もいれば、狩野新や森谷優太といった同世代もいる。コンディションさえ悪くなければ、試合にも出られる。全てをやらなければならない去年と比べればCASCAVELはまさに理想郷だった。

0からの競争

CASCAVELから町田に変わった07シーズン。「これまで専任監督の下でやったことがなかった」という横江にとってブラジルから来たバイアーノ監督は大きな壁となった。どんなに調子が良くても、思ったほど使われない。そんな違和感を感じていた。監督と自分の温度差を埋めるために、監督の求めるスタイルを理解しようと努めたという。「1対1が強いとかだけじゃ駄目で、1試合通して総合的に良くなければ使われないと思う」と悟り、得意な攻撃だけでなく守備も鍛え、試合では状況に応じて最後尾で守ることも気後れしなくなった。
「毎日競争。今でも自分がベンチ入りを約束されたわけじゃない」
その意識が彼をひとまわり大きくし、得点王という結果もついてきた。。

台頭の第1候補

1年半ぶりに召集された代表候補合宿では周りから「得点王」と冷やかされた。以前は自分をアピールするためにがむしゃらに突っ走ったため、冷やかされる隙すら無かったかもしれない。「Fリーグで経験を積んだし、ブラジル人監督のやり方もわかってきたから、今回の合宿は今までとは違った」と心に余裕があり、得点王についても、
「オレが得点王になるなんて誰も予想していなかったはず。自分でも思ってなかったから」
と3年前と比べるとだいぶ丸くなったような印象だった。

若手の台頭が必要とされる日本代表。その1番手となれるか。GALO☆時代から期待された逸材がようやく花開こうとしている。