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2011/02/16 08:36:07

藤井健太の引退について/名古屋・木暮、大阪・松宮


Fリーグ2010 powered by ウイダーinゼリー 第26節、シュライカー大阪×名古屋オーシャンズ戦後、名古屋オーシャンズの木暮選手、シュライカー大阪の松宮選手に、藤井健太選手の引退について、コメントをいただきましたので、紹介させていただきます。


●名古屋オーシャンズ・木暮 賢一郎

素晴らしい選手と言うのは言うまでも無く。これまで日本のフットサルを引っ張ってきた選手。一緒のチームでやったことは無かったけれど、代表では10年ぐらい一緒にやった。(フットサルとしては)何も無いような時代から、去年のキヨシさんにと言い、今回のケンタさんと言い、昔から居る選手・・・今は監督をやっていますが、比嘉リカルドやドゥダらもそうですが・・・がどんどん引退している。しょうがないことかもしれないけれど、悲しいですよね。

 Fリーグができて、若い選手も育ってきている。世代で環境や状況に違いはあると思いますが、日本のいいところは5年・10年経っても、残していかなければいけないと思う。フットサル日本代表のキャプテンをやるときには、健太くんだけではなく、これまでの代表キャプテンのつくってきたもの、残してくれたもの、雰囲気だったり、伝統だったりを次の世代に伝えて行きたいと思っています。

 代表でのボクは健太くんやイチさん(市原選手)の末っ子的な存在でした。10代で、みんなより年下で、生意気なヤツだった。一番の思い出はそんなボクに対して「お前が点を取れば、チームは勝てるから」と言ってくれたこと。代表には、それぞれのチームの中心選手、ある意味個性的な選手が集まると思いますが、代表の中でもチームと同じプレーをさせてくれたこと、自由にプレーをさせてくれたことが、結果を残せることにつながったと思っています。感謝しています。

 もうケンタさんとは100試合くらいやったかなぁ・・・。一緒に戦えたことは欠けがえの無い財産です。


●シュライカー大阪・松宮 充義

引退を知ったときはビックリしました。思い出はいっぱいありますねぇ。。関西・マグを離れるとき、「ミツに8番をつけて欲しい」と言われたんですよ。当時はフットサルを始めて1年くらいだったので、何度もフットサル日本代表に選ばれているような人に認められたのがすごく嬉しかった。
 マグではシーズン途中で背番号の変更ができませんでしたが、マグをやめて大洋薬品/BANFFに挑戦するとき、「8」番をつけさせてもらいました。

 自分にとってはお兄ちゃんのような存在でありながら、憧れ・ヒーローですよね。関西リーグの最後の試合のときも、500〜600人の観客が集まった。何やこの人は!すごい人だなぁと・・・。

 浦安に誘ってくれたのもケンタくんでしたし、「代表にも早く来い」と言われていた。サッポに「若くていい選手が居る」ってアピールもしてくれてたみたいです。"してもらったこと"が多過ぎて、感謝しきれないですね。当時の目標は「代表でケンタくんと一緒にやる」ことでした。(入れ替わるようになってしまい、)代表では一緒にできなかった。それだけが悲しいですね。

 この人すごいなぁ。と感じたのは、関東に行く前、「俺は若くない。これからの選手じゃない。試合で活躍するのも大事やけど、フットサルをどう盛り上げるかを考えないといけないし、そういう立場にも居る」と話をしてくれたこと。「本当はマグでずっとやりたい。けど関東に行ってできることがいっぱいある。嫌でやめるわけじゃない。フットサルの発展のため」だと。

 そのときの自分は「うまくなりたい」しか考えてなかった。すごいな。立場が違うな。と差や違いを感じたし、そういう話を自分にしてもらったのが嬉しくて、家に帰ってお兄ちゃんに話したりしましたね。

 その時のケンタくんが30才くらいかなぁ。その年齢に自分も近づいてきて、たまに思い出して考えることがありますよ。「フットサルを盛り上げないと!」って。フットサルを知ってもらうには、今は「ワァー」と人が唸るようなプレーを見せるしかないと考えています。一発のパスで観客を興奮させたり・・・。全力で、ひたすらやるだけ、ですね。そうして何年か後に振り返ったときに、「ケンタくんに近づけたな・・・」と少しでも思えたら、いいかなぁと。


レポート:北谷 仁治





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