日本一を支えた「3」と「7」
 全日本選手権でFリーグクラブを抑えて日本一に輝いたフウガ。Fリーグの1、2、3位を“3タテ”しての優勝は、各方面に衝撃をもたらし、波紋を投げかけた。

 突然ですが「フウガ」と聞いたら、みなさんは最初に誰の思い浮かべますか? 名将の雰囲気すら漂ってきた須賀雄大監督? 攻撃の2枚看板と呼ばれる太見寿人、星翔太? 明るいキャラの人気者・関健太郎? キャプテンの佐藤亮?

 勝手な推測なのだが、金川武司と田中良直を最初に挙げる人はかなりの少数派だと思う。金川は3番で、田中は7番の選手。須賀監督、太見、関らと同じ82年生まれで、ボツワナ時代からのメンバー。常にメンバーには名を連ねてきたものの、これまで彼らがスポットライトを浴びることはほとんどなかった。

 全日本選手権でFリーグクラブとのゲームでフウガは現実的な戦い方を選択した。簡単にいえば、自陣に引いて守って、カウンターで点を取る。それがFリーグクラブに勝つということを、徹底的に追求した末の答えだった。

 今大会の全6試合で須賀監督は「最初の10分間は絶対に無失点に抑える」というゲームプランを言い渡している。それを実行するために重要な役目を担ったのが、太見、金川、田中、関のファーストセットだった。太見を頂点に、関を底にしたダイヤ型のゾーンディフェンスで、相手の攻撃を止めることが彼らのミッションだった。

 ダイヤ型のゾーンディフェンスのポイントになるのは両サイドのアラだ。例えば相手がボールをサイドに出したとき、ボールサイドにいるアラがプレスをかけるために前に出たら、逆サイドのアラは中に絞ってゾーンに穴ができないようにする。言葉にすると簡単だが、細かいポジショニングやタイミングが非常に難しい。そんな作業を金川と田中は忠実に、確実に行っていた。

 カウンターの場面では、ピヴォの選手(太見)に当てて前を向いたら、アラ2枚が横を走って数的有利を作ることが約束事になっていた。相手の攻撃を止めたすぐ後に上がるのはハードな作業なのだが、彼らがサボることはなかった。実際にフウガのゴールの大半は攻守の切り替えを突いたところから生まれたし、それこそが彼らの優勝の要因となった。

 決勝終了後のミックスゾーン。

 先制点と駄目押し点を決めた金川は記者に囲まれていた。金川への取材が終わる。囲みの輪がほどける。金川のコメントを聞いていた記者仲間が、興奮した様子でこんなことをいってきた。「いやぁ〜金川、マジでいいこといってたわぁ。ちょっと感激しちゃったもん」。ここまで言わせる金川のコメントはどんなものだったのだろう。

 田中の話を聞いていたのは専門誌記者1人だった。取材が終わり、田中が控え室に戻ろうとしたとき、彼と顔見知りの専門誌記者の先輩が「(雑誌に)載らないよ、たぶん」と冗談っぽくいった。すると、田中はニコッと笑いながら答えた。「それでもいいんです。こうやって話を聞いてもらえるだけで」。

 大会で最も印象に残った選手に与えられる「MIP賞」に選ばれたのは、3点目のドリブルシュートと決勝点のFKを決めた、入団2年目の荒牧太郎だった。金川と田中はまたしてもスポットライトの中心に立つことはできなかった。だが、今回のフウガの試合を見た人は誰もがわかっているはずだ。泥臭いプレーを率先して行った「3」と「7」がいなければ、絶対に日本一にはなれなかったことを。

プロフィール
北健一郎
1982年7月6日、北海道旭川市出身。稲葉洸太郎、高橋健介、フウガの中心メンバーたちと同じ“82年組”のライター。いつの日か彼らの仲間に入れてもらうこと夢見ている。
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