第58回「カズ」

「カズ」…日本サッカー界のレジェンドであり、大スター。そのプレーとピッチ外の言動で、日本にプロサッカーを根付かせた大功労者だ。昨シーズンはエスポラーダ北海道で1試合プレーし、Fリーグにスポット参戦。そして今は、11月にFIFAフットサルワールドカップを戦う、フットサル日本代表入りするかが話題になっている。


「客寄せ」を何よりも
欲しているフットサル界

UAEのドバイで行われたAFCフットサル選手権(=アジア選手権、前回参照)で、日本は準々決勝でキルギスを下し、無事3大会連続となるワールドカップ出場権を獲得。さらに決勝まで勝ち進み、日本でのテレビ放送もあった中で、タイを6−1で破って優勝。素晴らしい結果を出して帰ってきた。

そしてこれはフットサル好きの人なら予想したであろうことだったが、ワールドカップの出場権を獲得した準々決勝翌日の日本のスポーツ新聞には、「カズ、フットサルでワールドカップへ」という内容の記事がでかでかと載ったのである。

ご存知のように、1998年フランスワールドカップ直前で失意のメンバー落ちを経験して以来、サッカーのワールドカップに縁がないカズ。その彼の夢を、フットサルのワールドカップ出場で果たしてもらおうというストーリー展開だ。サッカー界を超えて人気、知名度のあるカズだけに、昨シーズンのFリーグ参戦時から続いているこのストーリーには、多くの人が飛びつき、話題となっている。

しかし、これに対してフットサル好きからは、否定的かつ厳しい意見も多く送られている。「活躍できると思えない」。それだけに「カズの代わりに外される選手の気持ちを考えろ」と。そして、「ただの客寄せじゃないか」と。

だが、今のフットサル界はそうした「客寄せ」を何よりも欲している事情もある。現在の競技フットサルは、基本的にやせがまんの世界だ。全国リーグが存在し、決して少なくない人たちが一生懸命運営して、選手たちも必死にプレーしているが、残念ながらそれに釣り合うお金が循環していない。

本来なら競技フットサルの面白さがどんどん伝わっていき、徐々にお客さんもスポンサーも増えて、お金が回る世界になるというのが美しい流れだろうが、日本の他のマイナースポーツを見てもわかるように、今の世の中、そうはうまくいかないのが現状である。やはり関係者は、「見るフットサル」人気に火がつくような起爆剤が欲しいと思っているのだ。

そんなわけで日本サッカー協会のフットサル関係者たちが、カズの代表入りに向けて、水面下で交渉をしているといわれている。中でも注目したいのは、ミゲル・ロドリゴ日本代表監督が、カズに本気でラブコールを送り続けていることだ。僕はこれまでも何度かこの件を質問しているが、監督はカズを代表チームに入れたい理由について、「彼が日本代表に参入できれば、当然プロモーション面でフットサルには価値がある」とコメントしている。フットサルの本場からやってきて、日本のフットサル界の事情にも精通しているミゲル監督がそう語るのを、僕は重く見ている。

一方で、「3、4、5回の練習で順応できます、ということではない」とミゲル監督がいうように、カズの代表入りは、ワールドカップに向けてのチームのトレーニングなどに、本人がきちんと参加できるのを条件としている。あとは、サッカーJ2の横浜FCに所属しているカズが、シーズン中にチームを離れて、フットサルに専念できるのかどうか。

この人がすごいのは、「そんなの無理だよ」と頭ごなしに何でも否定せずに、すべて前向きにポジティブなコメントをするところにある。横浜FCへ対する迷惑。自分が動くことに対する盛り上がり。協会およびミゲル監督のラブコールの訳、一部からの反発……。諸々すべての事情はわかっているはずだ。その上で、本人が最終的にどういう決断を下し、どういうコメントをするのかは、これは大注目なのである。


J2からFリーグに
引っ張ってこい!

今年1月のFリーグ参戦時は、前日練習のみで本番ではまずまずのプレーを見せ、あと少しでゴールも奪えそうだったカズ。ミゲル監督はこうコメントしている。

「1日のトレーニングで、(Fリーグでは)ほかの選手より劣っていたとか、危なかったということではなく、ほぼ普通にプレーしていた。これはすごいことで、それを考えたら、練習を増やして、理解して順応したら、(代表チームでも)いけるのではないでしょうか。もちろんその中で、チームの軸になっていくのは、なかなか難しいのかもしれません。しかし、少なくとも補強にはなります。彼は1対1で落ち着いてイニシアチブを取れるし、物怖じしない」

カズの常に動きながらボールをさばいていくプレースタイルは、フットサルに向いていると僕は思っている。そして、すんなりFリーグにも順応できたのは、彼がブラジルに渡った直後、つまり“ユース年代”に本場で競技フットサルを経験していたことが大きいのではないだろうか。戦術の知識云々の前の、狭いピッチ内でのボール扱いや、身のこなしをすでに体得しているのである。

現在の代表の面々は、ほとんどが大人になってから競技フットサルを始めた選手ばかりだ。カズのような経験をしているのは、幼少よりフットサルをプレーしてきた逸見勝利ラファエルくらい。その19歳の逸見が先のアジア選手権では、堂々たるプレーで大会MVPを獲得した。いかに幼少からユース年代に本格的なフットサルを経験しておくことが、重要なのかがわかる。

「1対1で落ち着いてイニシアチブを取れる」というのも、考えさせられる部分だ。アジア選手権でそこを期待されながら、本来の力を出せなかった選手が数人いた。さらにワールドカップの舞台となったときには、これは現状、カズに軍配が上がることもあるのではないか。そう考えると、あとはミゲル監督のさじ加減次第で、カズはそのプレー以外の面も含めて、代表チームに大きな力を与えられる。

もちろん普段からフットサルをプレーしている中からの代表という“正規ルート”を無視するわけだから、選手たちから「席は絶対に譲らない」「俺のほうがワールドカップに出てやる」的なアピール、言動がどんどん出てきてもいいと思う。そういう自分たちがフットサル界を背負っている、盛り上げるという気持ちが、今後のフットサル界、つまりカズがワールドカップに出たとして、わーっと盛り上がって去った後に備えるためにも必要だ。

僕としては、カズはもうフットサルを主戦場にしたらいいのではないかと思う。つまりFリーグでずっとプレーしたほうがいい。現在は1年に1ゴール取るのかどうか。いつ見せるのかわからないカズダンスをずっと待っているよりも、フットサルでたくさんのゴールを見せてくれたほうが盛り上がるではないか。

プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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