第54回「イラン」

「イラン」…アジアの中の突出したフットサル強国。AFCフットサル選手権では過去10回の優勝を誇り、世界でも常にベスト4に入る実力があると評価されている。AFCフットサル選手権ではいつも日本の前に立ちはだかる、大きな壁である。


アジアでは唯一日本が勝利
しかし、まだ2回……

4月9日のフットサルタイムズに、合宿中の日本代表・木暮賢一郎の「イランと決勝をやる。それが僕の中のアジア選手権」というコメントが載っていた。こういうのを読むと、僕は胸が熱くなる。

フットサル日本代表のアジア選手権(正式にはAFCフットサル選手権)といえば、アジアの中では突出したフットサル強国であるイランに、ほとんどといっていいほど、ぶっ飛ばされてきた歴史でもある。

第1回大会からの対戦成績を見てみよう。

第1回  1999年 準決勝   日本 ●2−5 イラン
第2回  2000年 1次リーグ 日本 ●2−6 イラン
第3回  2001年 1次リーグ 日本 ●4−8 イラン
          準決勝   日本 ●2−8 イラン
第4回  2002年 決勝    日本 ●0−6 イラン
第5回  2003年 決勝    日本 ●4−6 イラン
第6回  2004年 決勝    日本 ●3−5 イラン
第7回  2005年 2次リーグ 日本 ○3−1 イラン
          決勝    日本 ●0−2 イラン
第8回  2006年 準決勝   日本 ○5−1 イラン
第9回  2007年 決勝    日本 ●1−4 イラン
第10回 2008年 準決勝   日本 ●0−1 イラン
第11回 2010年 準決勝   日本 ●0−7 イラン

日本はまだ、2回しかイランに勝ったことがないのだ。

しかし、この大会でイランは、実は2回しか負けたことがないのである(2005年大会の2次リーグで、タイと3−3の引き分けが1試合ある)。つまり、アジアでは日本がイランに勝った唯一のチームなのだ。加えて書くと、過去11回の大会の中で、イランはこの1分2敗以外は全勝していることになる。とんでもないスーパー強国なのである。

日本は、最初のころは本当に歯が立たなかった。技術、戦術、試合運び、すべてにおいてイランが圧倒的。何よりも個々の力で、イランは日本の多くの選手を上回っていた。強引なまでの反転シュートがじゃんじゃん決まる、エースピヴォのシャムサイーと、キャプテンでテクニシャンのアラ、ヘイダリアンの2人が活躍し、どこの国でも人気者に。彼らの周りを固める選手たちも気が利いていて、日本をはじめ、対戦相手は彼らの引き立て役でしかなかった気がする。

日本が対抗し始めたのは、2003年大会のサッポ監督時代からだ。この大会サッポはコーチとして日本チームに帯同していて、その後監督になった。サッポ監督自らが、イランへの対抗心むき出しにチームを引っ張った。徐々に経験を積んでいった選手たちも、毎年このイラン戦をひとつの目標・指標にして頑張り、思い切ってぶつかった。

鈴村拓也(現神戸)がシャムサイーと渡り合い、2人の熱いマッチアップは毎年の大会名物になった。攻撃面では木暮がエースとして活躍し、日本はイランの対抗馬の一番手としての地位を築いていく。そして2005年大会で、イランに大会史上初の土をつけると、2006年大会では準決勝でイランを破り、遂に日本は悲願の優勝を達成したのである。

しかし、世代交代に苦労していたイランも、着実で手厚い強化が実って再び盛り返し、その後は3大会連続優勝。ミゲル監督に代わった日本も世代交代に着手し、2010年大会は0−7の大敗を喫してしまったが、最近での親善試合では互角の戦い。今回のAFCフットサル選手権での対戦が、楽しみな状況になっている。


1人1人は屈強だが
つなぐのが好き

僕はイランで行われた、2001年大会を取材したことがある。会場はテヘラン郊外のアザディ・スポーツコンプレクス。サッカーではジュビロ磐田がAFCクラブ選手権を戦い、ジーコジャパンがワールドカップ予選を戦った、10万人収容のあの有名なスタジアムの敷地内にある体育館だった。

体育館の収容は1万人とのことだったが、イランの試合になると、そこが男だらけで満員になる。やたら声量があってリズム感のいい歌声と手拍子、相手チームに対する容赦ないブーイングで、怖くも貴重なアウェイ体験をさせてもらったものだ。ちなみに、この体育館の前の大通りを挟んで反対側には、女性専用の体育館があった。

何カ所か公園を散歩したのだが、日本でもよくみかける、持ち運びのできる簡易式のミニゴールがたくさんおいてあって、そこで子供から大人までが2対2や3対3くらいのミニゲームをよくやっていた。一緒にやらせてもらったが、相手にシュートパスからのファー詰めシュートを決められ、「さすがフットサルの国、イラン……」と感心したのを思い出す。

イラン代表の面々は、1人1人が骨太で体が強く、大柄の選手が多くて幅があるので、球際に強い。だからといって、力任せのプレーをするというわけではなく、丁寧にボールをつなぐスタイルを取る。そう、公園でご一緒させてもらったときも思ったが、1人1人がドリブルでゴリゴリ来る感じではなかった。この国の人たちは、きっとパスをつないで崩すのが好きなんだと思う。

マイボールになると、ピッチの横幅をいっぱい使ってボールを回し、相手を左右に揺さぶってからのピヴォ当てがメインだ。相手が詰めてきた球際は、ブロックやスイッチでいなすことが多い。いわゆる昔日本でもよくいわれていた「エイト」の形が染みついているようで、長く使われている。

ゆっくり回しているように見えるのだが、それでも各選手のボールを扱う技術がしっかりしているので、成り立っている。ものすごくトリッキーなことをしてくる選手は少ないが、必要な状況で必要な技術をしっかり発揮できる感じ。Fリーグでいうと、ラファエル サカイやヴィニシウスみたいなタイプだろうか。

これに対して日本は、組織でしっかりディフェンスをした上で、スピードと俊敏性で勝負だ。イラン選手より、小回りの利いた動きをした部分を生かせるかがカギになるだろう。

イランは、元々はフットサルが誕生する前の時代から、工場労働者の間で、インドアのミニサッカーが盛んだったのだという。

最近では、代表チーム専用のトレーニング施設ができて、そこに定期的に集まって強化をしているらしい。日本ではあまり報道されないが、日本も参加したらいいのにと思われる、世界の強豪数チームが集まって行われる各地のローカル大会に、イランはことごとく顔を出している。

国内で代表の活動を手厚くするプランが、確立されているのだと思う。ここまで日本も急激に進歩を遂げてきたのだが、イランにも緩みはない。

まだ決勝では勝ったことがない相手、イラン。今回はワールドカップ出場がかかる大事な大会だから、日本にはまずは準々決勝をしっかり勝って切符を手にした上で、イランを破ってほしい。0−7で大敗したゲームを、内容、結果で払拭して、世代交代したフットサル日本代表の「存在感」をしっかりと見せつけてほしいと思う。

プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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