第53回「気持ち」

「気持ち」…フットサル界では、まあ、やたらと聞かれる言葉。「"気持ち"でプレーしました」「最後は"気持ち"が勝敗を分けた」など。何となくわかるけど、何となくわからない。「気持ち」って何だ?


メンタル面の
総合的な表現

最近の若者の、独特の表現と分析しているところもあるらしい。

「気持ち」。

そういえば、よく聞くなあと思っていた。いや、改めて思い返してみると、フットサル界は「気持ち」だらけだ。試合後、監督、選手たちは、「心」「技」「体」についてコメントをする。その「心」のところ。つまり、メンタルの部分は、とにかく「気持ち」の連発である。

(競った試合でしたけど、勝敗を分けた要因は?)
「"気持ち"ですね。勝ちたいという"気持ち"をより強く出したほうが勝利した。そういうことです」
「技術や戦術面では差はなかったと思うんですが、最後は"気持ち"の差で負けてしまいました」

(時間のないギリギリの場面で、よくあのシュートを決めましたね)
「いや、もうあういうときは"気持ち"ですよ。"気持ち"で押し込んだゴールでした」
「チームのみんなの"気持ち"が乗り移ったシュートだったと思います」

(連敗していますが、対策は?)
「とにかくウチは"気持ち"ですね。やれるときはやれるんです。どの試合も"気持ち"を前面に出して戦わないと、勝てる試合も勝てない」
「次の相手も格上ですけど、とにかくまずは"気持ち"で負けないようにしないと」

もう、「気持ちあるある」である。

つまり、メンタル面を総合した表現なのだろう。「気持ち」ひとつで、意味は結構広い。強い心でもって戦うとか、あきらめずに頑張るとか、集中してプレーするとか。いろんな意味をひっくるめて「気持ち」が使われている。

しかし、僕は思う。

何で「気合い」じゃないんだろう?


「気合い」という表現に
とって代わった

日本サッカーがまた盛り上がる前に、部活時代を過ごした僕らのころは、同じような意味を表現するのに、「気合い」という言葉を使っていたはずだ。チームでは、
「気合い入れようぜ!」
「オウ!」
なんていう掛け声もかけていたのを思い出す。

ただ当時から「気合い」というのは、ちょっとした問題表現だった。つまり「気合いで何とかなる」という風潮。技術や戦術、コンディションニングなんかをすっ飛ばして、とにかく「気合い」を前面に出して、試合に勝て!というノリがあったのである。

だが当然「気合い」だけでは、もう勝てない時代だった。そこから一気に技術を重視するほうに針は振れていったのだと思う。精神論一辺倒に対する反動的なブームの中で「気合い」という言葉はすたれていったのだろう。

ところがおわかりのように、しばらくすると今度は、技術ばかりでは勝てないという世界になってきた。つまり、自分たちの持っている技術、戦術、フィジカルをしっかり発揮するための、メンタル面も大事だと。そのときの表現として、昔イメージの悪かった「気合い」という言葉に代わって、「気持ち」が使われるようになったのではないか。

こうした経緯があるだけに、フットサル界でも、「気持ち」「気持ち」といいながらも、不思議と「気持ち」だけで何とかなるといった、昔ながらのあの嫌な雰囲気は感じない。

技術や戦術のやり合いの上に、「気持ち」の争いが乗っかっている。そんなイメージなのだ。そして、このイメージを大切にしたい、と僕は思う。

この流れだと、そのうち技術や戦術その他の不備を、「気持ち」でカバーするといった雰囲気が出てきかねないからだ。そのあたりの「気持ち」表現に注意しながら、今後のフットサル界を見ていこうと思う。

そして選手、監督のみなさんには、「気持ち」以外の表現バリエーションも希望しておこうと思います。


プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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