第44回「ハーフから」

「ハーフから」…守備用語。守備網の最前線を、ハーフェイラインに設定して守るときの言葉。最近Fリーグの現場で非常によく聞かれるので、取り上げてみました。


ハーフウェイラインから
自陣に引いて守る

守備時のチームでの約束事というのは、どのスポーツでもとても重要な項目だろう。

フットサルでも、前に出ていって相手陣から積極的にボールを奪いにいくのか。あるいは全員が自陣に引いて、相手にスペースを与えないように守るのか。そうしたチームの約束事はとても大切で、これがないと各選手のプレーがバラバラになって、組織的に効率よく守ることができなくなってしまう。

こうした約束事の中で、最近「ハーフから」という言葉をよく聞くことがある。別に真新しい戦術とか、そういうことではないのだが、相手ボールになってゴールクリアランスからプレーが始まるときなんかに、守備側が「ハーフから!」なんて言葉をかけて、チーム全員が一旦自陣に引いたところから守備をするのである。このとき、守備網の最前線の選手たちは、ハーフウェイラインあたりに構える。

この「守備網の最前線」のライン設定は、チームによってさまざまで、競技フットサルのゲームを見るときのひとつのポイントだ。

例えばラインを相手陣に設定する守りは、フットサル界ではポジティブ派ととらえられている。ハーフよりも少し前、センターサークルの頂点のところにラインを設定したり、もっと積極的なチームは、第2PKマークのラインあたりまで出たところから、守備をスタートするケースもある。

コンセプトとしては、設定したラインから前へ前へと出ていって、相手をつかまえ、相手のプレーの自由を奪い、ボールを奪ったり、クリアさせたりしてマイボールにすることを狙う。

これに対して「ハーフから」の守りは、どちらかというと受け身の雰囲気がある。事実、相手が自陣に入ってきたところからボールへのアプローチを開始。最終的には自分たちのゴール前を固めて、相手の攻撃を"はね返す"感じの守備になるのだ。

ただ、力の差がある格上の相手と戦う場合など、自分たちのゴールに近いところからゴールへのコースやスペースを埋めていく守りは、前に出ていくよりも失点をしにくいメリットがあるのはわかるだろう。そうしておいて、ボールがルーズになったときにそれをうまく拾ってカウンターで得点を狙う。これが「ハーフから後ろへ守る」やり方の狙いだ。

ただ、これは1試合を通しての攻撃チャンスは少なくなるし、相手ボールを追いかけている時間が長くなる分、疲れも出てくる。ちょっとでも集中を切らしたり、守りをサボったりして失点してしまい、相手に先にリードを奪われたら……。途端に展開を苦しくしてしまう。そうした覚悟もしておきながら選択する戦い方ともいえるだろう。


ハーフウェイラインから
前に出ていって守る

ところが最近、同じ「ハーフから」スタートする守備でも、ハーフウェイラインから前に出ていって、ある程度高い位置でボールを奪おうとするディフェンスが見られている。

例えば今季Fリーグ開幕戦での湘南ベルマーレは、名古屋オーシャンズに対して、「一旦自陣に引いたと見せかけて、前に出てボールを取りに行く」作戦を遂行して、格上の相手である名古屋を苦しめた。

名古屋ボールになると、湘南選手たちが一度さぁーっとハーフまで引く。「何だ。引いて守るのか」と名古屋が後ろからゆっくり回し始めた瞬間に、湘南選手たちが素早いアプローチで前に出てプレスをかけ、名古屋を慌てさせるのである。

プレッシャーをかけるスピードの緩急が、相手のパス回しのリズムを崩した好例だった。

そしてここ数試合の名古屋も、実は「ハーフから」の守備を行っている。

名古屋といえば、相手ボールになったら相手陣からガンガンボールを奪いにいく、ポジティブディフェンスの代表格みたいなところがあった。実際にその守備はFリーグではほぼ成功し、相手ボールをマイボールにすることができている。

しかし、名古屋の慢性的な悩みは、自分たちが攻撃のとき、相手に「ハーフから後ろ」に引かれて守られるとなかなかその守備網を崩すことができず、おまけに神経を研ぎ澄ませて少ないチャンスを狙っている相手に、カウンターで失点を食らってしまうことだ。

貝のように守る相手の守備を、強者のプライドでときには無理にでもこじ開けようとするので、最終的にはボールが相手に引っかかってルーズにやりやすく、カウンターを食らう状況をより作りやすくしてしまっているのである。

引いた相手を崩すには、相手を揺さぶってスキを突いたり、ミドルシュートを狙ったりというのがあるが、もう一つは相手ボールになったときに、前で奪って相手の守備網が整わないうちにショートカウンターを狙うというのも手だ。

ところが名古屋がそれを狙うと、相手はマイボールを取られるリスクを避けて、後ろからロングボールを入れてしまうのである。その手の精度のないロングボールはすぐに名古屋ボールとなるのだが、そのときにはもう相手は自陣に引いてしまって、守備網を整えている。また引いた相手にボールを回して揺さぶって……の繰り返しになるのだ。

そうしたものの対策として、「ハーフから」が出てきたのだと思う。これをやったことで、名古屋の相手がロングボールを入れる回数が極端に減った。さすがに後ろからつなげる状況だったら、相手も無理に前へはボールを入れなくなる。

相手はボールを後ろからつないでくる。それを名古屋は「ハーフから前に」出ていって、プレッシャーをかける。ここでうまくボールを奪えれば、相手の守備網が整わないうちに、しかもある程度スペースがある状態でショートカウンターを仕掛けられるのだ。こうして、名古屋が相手を攻めあぐねるというよりも、名古屋が逆に相手のリズムを崩す時間帯がここに来て増えてきている。

もちろん守備ラインというのは、各チームに頑なにひと通りではない。リードを奪ったチームが、無理に前から奪わずに少しラインを下げてカウンターで追加点を狙うように、試合の状況、時間帯によっても違う。また相手との力関係で、試合ごとライン設定が変わることも考えられるだろう。あるいは、思ったよりも相手に押し込まれて、狙っていたよりもラインを下げられてしまうことだってあるのだ。

したがって、守備ラインには各チームの狙いが隠されているわけで、その狙い、相手との駆け引きなんかを汲み取れれば、フットサルをさらに面白く感じることができるはずだ。


プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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