第23回「前プレ」

「前プレ」…前からプレスの略(だと思います)。相手陣深くのエリアまで積極的に相手ボールを奪いに行き、奪ってからのショートカウンターを狙ったり、相手の苦し紛れの蹴り込みを楽にマイボールにしようという戦術。

前後の選手の連動が大切な
高度な守備戦術

「プレス」とは本来「圧縮する」という意味で、相手のプレースペースを「プレス」することで、自由を奪ってボールを取ってしまおうと考え。サッカーなどでは本来、相手を意図するエリアに誘っておき、前後左右からプレスしてボールを奪うという考えで使っている。

でも、フットサルはちょっと違うような気がする。多くの人が使っているニュアンスでは、「プレス」=「プレッシャー」である。守備者が自分の裏を取られないようにしながら、ボールを持った相手にガンガン寄せていってプレッシャーをかけ、プレーしにくくさせる。その中頻繁に聞かれることのある「前プレ」は、相手陣深くに入った高い位置(つまり前)から積極的にプレスをかけて、ボールを奪いにいく行為を示している。

「前プレ」の考え自体は、昔からあった。相手ゴールにより近い位置でボールが奪えれば、相手の守備が整わないうちに、素早くゴールを奪えるのである。これは今でも変わらない。できるものなら、やりたいプレーだった。

でもマンツーマンディフェンスが主流だった、昔のフットサルでは、この「前プレ」は至難の業だった。相手にしてみれば、選手の縦のポジションチェンジを激しくすれば、簡単にプレスをかわせるし、いとも簡単に相手を消耗させることができたからである。

事情が変わってきたのは、守備側にマークの受け渡しができるようになってから。つまりゾーンディフェンスができるようになると、前線の守備者がその場に残ることができるので、より相手に「前プレ」をかけやすくなったのである。時代はさらに進み、今ではこの「前プレ」が大好きなミゲル・ロドリゴ日本代表監督の影響もあり、「2−1−1」という「前プレ」のフォーメーションが確立されている。プレッシャーをかけ続ける「2」の部隊と、それを後方からカバーリングする「1−1」の部隊。状況別に各選手の「前プレ」時のプレーが細分化されるようになった。

この「前プレ」は、個人的に非常に高度なプレーだと思っている。僕自身は、このプレーが苦手だ。というのも、自分がマークする相手に自分の後ろを取られたくない気持ちが、前線だとプレスが甘さにつながってしまうのだ。後ろの味方は「もっと前プレしてくれないと困る」という。それならと思い切って前に出て行っても、何かの拍子に裏を取られて、後ろのカバーリングを期待したら、全然カバーしてくれなかったなんてことも、昔は頻繁にあった。

つまり、それだけ「前プレ」は選手同士の連携が難しく、大事だということをいいたいのである。中途半端に取り入れると痛い目にあう、高度な戦術なのである。

ちなみに僕は一度、「前プレ」をする中で最前線でのボールカットが異常にうまい、浦安の稲葉洸太郎にコツを聞いてみたことがあった。

「パスが動いている間に、いかに移動して素早くアプローチできるかですね」とのこと。つまり自分のマーク相手にパスが渡るまでのわずかな間に、素早く体を寄せて、相手がコントロールするころには、プレスをかけられる体勢にないといけないのだそうだ。


見ていて非常に面白い
「前プレ」絡みのプレー

フットサルでは守備ラインの高さで、そのチームのコンセプトがわかったりすることがある。

例えば、自陣に引いた守備ラインで、裏のスペースを消す方法。相手ボールを自ら奪うのは難しいが、相手の攻撃を困らせて、ミス絡みなどでマイボールになった瞬間に、前方に広がっているスペースを利用してカウンターを繰りだすというもの。

「前プレ」はその反対で、相手陣に守備ラインを引く。相手陣で守ることで、相手から自ゴールを遠ざけると共に、能動的に、積極的にボールを奪いにいくことで、ゲーム自体のリズムや主導権を握ろうとする考えだ。

どちらにも納得できる理由があるが、フットサル界でよしとされているというか、最上段の戦術としてもてはやされているのは、「前プレ」のほうである。

非常にこなすのが難しい戦術であるし、無理にやると逆に痛い目にあう。自分たちの力に見合ったもの、あるいは相手との実力差に合わせて、守備ラインを下げることがあってもいいとも思う。ところが、ミゲル監督や名古屋のアジウ監督もそうだが、もう前プレがすべてという感じで、取り付くしまがない。

何でそこまで「前プレ」にこだわるのか。いろいろ理由があるだろうが、僕が発見したその一つに、「前プレ」絡みのプレーがエンターテイメント性に富むという点がある。

「前プレ」が流行したせいで、今度は「プレス回避」というプレー・言葉が出てくるようになったのだ。前プレをかわすためには、攻撃側としては後方から前線にロングボールを1本入れる手があるのだが、もちろんこれは成功率が低いプレーである。そこで「前プレ」をかわしながらビルドアップしていこうという考えが出てきた。これが「プレス回避」というものだ。

そして、この「前プレ」と「プレス回避」の攻防。これが見ていて非常に面白いのである。ボールを取られそうになりながらも、ギリギリのところでかわし、つなぎ、前にボールを運ぼうとする攻撃側。プレス回避が成功すれば、攻撃チャンスは一気に広がる。だが、ボールを失えば1失点だ。このスリルと緊張感がいい。

ところが、この「前プレ」をしないと、この部分の「プレス回避」の攻防がゲームの中でなくなってしまうのである。そう考えると、確かに相手が自陣に引いたディフェンスをするときの、攻撃側のずるずるとハーフまでボールを簡単に運んで、「さあ、どう崩しましょうか」とまったりする様は、見ていてあまり刺激を感じることはない。

だからやはり「前プレ」は、高度だけれども、やる人に利があり、見る人も楽しませることができる戦術なのである。


プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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