第18回「ファルカンフェイント」

「ファルカンフェイント」…世界ナンバーワンと評される、ブラジルのフットサル選手ファルカンが得意とするボールさばき。例えば左足でボールを持っている場合、足裏で左から右にボールを転がしている間に、逆の右足を大きく左→右に振ってから右足裏でボールをキャッチし、左足の前に戻してくる。


日本のフットサル場で
大流行したフェイント

僕は今でもすごい現象だったと思っている。日本のありとあらゆるフットサル場で、足ワザにちょっと自慢のある人たちが、ほとんどもれなくこのフェイントをやっていたのだ。足裏でボールをチョイチョイと引き、敵を引きつけてからチャキチャキっと繰り出し、周囲を「おおっ!」と言わせる。

試合ではうまく繰り出せない人も、試合待ちのコート脇では、みんなでこのフェイントの練習ばっかりしてなかったか? おかげで、今でも僕は形だけはできてしまう。

もちろん、ルーレットやエラシコも、フットサル場では多く見られる足ワザだったが、それらと同じくらいの頻度で、この複雑な足さばきが繰り出されていたのだ。

これは、それまでサッカーには見られなかった新しいフェイントをやることで、「私はフットサルをやってますよ」とか、「ちょっとできますよ」的なアピールが、当時は(もしかしたら今も?)あったのではないかと思われる。フットサルが流行りだした当時、日本ではそのフットサルならではのかっこいいボールテクニックの、象徴のようなフェイントだったのだ。

足さばきを確認してみよう。例えば左足でボールを持っている場合、足裏で左から右にボールを転がすと同時に、逆の右足を大きく左に振る。そこから素早く右足を元に戻し、右へ転がるボールを足裏でキャッチし、左足の前に戻してくる。

当初は、ボールの左右への振りや、その間に繰り出す足の左右への振りによって、敵の重心が動き、その逆を突くのが目的と言われた。だが、守る側も対応に慣れると、ファルカンフェイントの一部始終を見つめるだけになった。

ただ、守る側は、素早い足さばきの中で、足を出すことはできない。そのため今でも、仕掛ける側としては敵の足を止めておいてから何かをやるというための意味で、いいフェイントになっている。ファルカン本人もそうした目的を含め、観客を沸かせて敵を挑発するような、見せワザ的に使うことが増えていった。その証拠に、距離を置いて構える敵を前にして、このファルカンフェイントを連続してやるケースもある。

そのうちファルカンフェイントは、フットサルを越えてサッカー界にも波及するようになった。僕がスタッフとして働いているサッカー雑誌、「ストライカーDX」では、世界の選手の足ワザをチェックするが、00年代の半ば過ぎあたりから、形こそ完全ではないものの、ファルカンフェイントもどきっぽいものが結構見られる。

まず同じブラジル人では、ファルカンを「足ワザの師匠」と崇めているというウワサのロビーニョが、このフェイント以外にもかなりの数のワザをファルカンからパクっている。そのロビーニョのもう1人の師匠であるロナウジーニョも、何回かやったとことが確認されている。

今でもよく見られるところでは、C・ロナウド。そう言われると、何となく見たような記憶がある人も多いのではないか。その他、渋いところではイブラヒモビッチ。そしてマンチェスター・Uのエブラなんかは結構なヘビーユーザーだ。

見た目のかっこよさ、オリジナリティー。やはり足ワザ自慢の挑戦意欲をかき立てられる、フェイントなのだろう。今、名古屋オーシャンズで活躍しているリカルジーニョも、ファルカンはあこがれのプレーヤーなのだそうだ。そういえば今やリカルジーニョのほうのトレードマークになっているヒールリフトは、ファルカンのもう一つの得意ワザなのである。


ファルカンこそ
フットサル選手のイメージ

ファルカン本人の初来日は1999年。当時ブラジルフットサル界のスター、実力者たちを集めたアトレチコ・ミネイロというチームが、日本で日本の選抜チームと数試合を行ったときだった。

「フットサルでも平気でオーバーヘッドをする選手がいる」。フットサルの先達にはそのとき、そんな話を聞いたのを覚えている。そのとおり彼は来日時の何試合かの中で、見事なオーバーヘッドを披露。ボールがあまり弾まないフットサルではあるが、転がってきたボールをわざと頭上にまで上げて、高い位置からすごい角度でゴールに向かって蹴り込むのだった。

この来日あたりから、実際に対戦したり、あるいはブラジルから映像を取り寄せたりしたフットサルの先達たちが、彼のトレードマークである、ファルカンフェイントをマネするようになった。これが日本での始まりだったと思う。こうしたフットサル第一世代の主戦場は、当時は民間のフットサルコートであったから、少なくないプレーヤーたちに瞬く間に広がっていった。

ファルカンはその後もちょくちょく来日し、その度に日本のファンの前でファルカンフェイントを披露している。僕も何度か「生ファルカンフェイント」を目にしているが、やはり本物は正確性や躍動感があって、形としてとても美しい。

今回改めて「ファルカン」の名前をインターネットで検索してみたが、サッカーの世界で有名なパウロ・ロベルト・ファルカン(ジーコ時代のブラジル代表で、黄金のカルテットの1人。サッカーの日本代表監督も務めた)と、その数はどっこい、どっこい。そしてフットサルのファルカンは、動画の紹介が何とまあ多いこと!

そう、ファルカンといえば、やはりそのボールテクニックなのである。僕たちがフットサルをはじめたころに、フットサルといえば「狭いコートで、細かいボールテクニックを発揮できる人がすごい」と強く思っていた、そのイメージの最高峰。ファルカンこそフットサル選手というイメージなのだ。



プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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