第17回「キックイン」

キックイン…長方形のピッチの、長いほうの2本の線をタッチラインといい、このラインを越えてピッチ外にボールが出た場合、フットサルではボールを出したのと反対側チームのキックインでゲームを再開する。フットサルの性質上、キックインはただゲームを再開する手段ではなく、戦術上の重要な役割を果たしている。

キックインには
3つの状況がある

これまで何度も書いてきたように、フットサルはピッチが狭い。味方も敵も自分の近くにいて、お互いのゴールも近い距離にある。そんなわけだから、キックインも状況によってさまざまな戦術に使われることが多い。

キックインの状況は、大きく3つに分けられると思う。一つは自陣でのキックイン。もう一つは相手陣奥のコーナーアーク付近のキックイン。そして2つの間の、相手陣の手前側、ハーフラインから相手陣中央あたりまでの場所のキックインだ。

まず、自陣でのキックインの場合は、相手がキッカーから近い選手を順に素早くマークしてしまって、こちらがボールを出しにくくさせてくるのが普通だ。そんな中、無理なパスを回してきたら素早いアプローチでボールを奪い、ショートカウンターを繰り出そうと狙っている。

この相手の意図を避けるには、相手陣奥のほうにボールを入れ、最前線の味方が拾ってくれる可能性を探るのが常である。「拾ってくれる可能性」というのも、奥に蹴るボールも相手によってある程度コースが限定されてしまっているので、蹴ったところで相手ボールにされてしまうケースが多いからだ。

または、フリーのゴレイロにボールを渡してからの展開を考える。でもキックイン時からすでにフィールドプレーヤーはマークにつかれてしまっているのと、4秒以内にボールを蹴らないといけないルールがあるため、そこからもなかなかつなぎにくい。結局、ゴレイロにボールを渡しても、ゴレイロから前線へのロングボールを出すことになり、これも相手ボールになりやすいのである。

しかし、自陣でのキックインの度に相手ボールになってしまっては、自分たちのリズムを作れない。そこでマークしてくる相手を動きの工夫や味方との連携でかわし、ボールをつないでいこうとするプレーが繰り出されることになる。

キックインは、FKやCK同様、ボールを止めた状態からスタートできるものなので、練習であらかじめ用意していた、意図したプレーを繰り出しやすい。

そのため、各チームがどんなプレーで相手マークを外そうとしているのかは、注目部分なのだ。また、これはインプレー中でも行われる、相手のプレス回避の動きともつながっているので、レベルの高いチームのキックインを見るのは、プレーヤーにとってはかなり参考になる部分がある。

一方で、相手陣奥のコーナーアーク付近のキックイン。これはもうほとんどCKと同じように、ゴールを狙うためのサインプレーが繰り出されている。

Fリーグなどを見ていると、FK、CKでは、キッカーがチームで決められていることが多い。敵味方が入り乱れる激しい状況のゴール前で、自らシュートの選択も含めどこにボールを出せばゴールになるのかを見極める、高度な判断力と、それを生かす技術が必要だからだ。

こうした「スイッチャー」といわれる選手は、相手陣奥のキックインの場合にも、ボールの近くにいる選手とわざわざ代わって、キッカーを務めることがある。そういうシーンを見たら、「ああこれは何かをやってくるな」というサインだ。


お手軽でお得な
「チョン・ドン」

では、相手陣の手前側、ハーフラインから相手陣中央あたりまでの場所のキックインでは、どんなプレーが起こっているのだろう。

距離的にはゴール前に張るピボにパスを入れて、ポストプレーからシュートを狙えるチャンスでもある。それが相手に警戒されていたら、後方の味方に渡して、つなぎからのチャンスをうかがうケースもあるだろう。

だが、この場所でとにかく目立つプレーに、「チョン・ドン」というものがある。

このフットサルタイムズの北谷さんに教えてもらったのだが、関西の競技フットサル界ではポピュラーな言い方なんだとか。

キッカーがボールを軽く触って、ピッチ内に「チョン」と入れたボールを、タイミングを合わせて、キックインされる前にあらかじめ走り込んできたシューターが、「ドン」と強烈なシュートを放ってゴールを狙う。デウソン神戸の山田ファラエル ユウゴが最も得意としている、アレだ。

キックインされる瞬間まで、相手はポイントから5メートル離れていないといけない。だからこの「チョン・ドン」を至近距離で抑えるのは不可能で、必然的にコースブロックの対応になる。それでもキッカーに技術があれば、そのコースをよけてゴール前にボールを送り込むことは容易だ。

直接ゴールを決められなくても、ゴール前に走り込む味方に合わせるケースもあるし、ゴレイロのファンブルを誘ってゴールが決まることもある。劣勢を強いられ、なかなか攻め込むことができないチームでも、チャンスを作りやすい、何かとお得なプレーなのだ。

フットサルの本場スペインでは、数年前までこのキックインではなくスローインを長く採用していたことが知られている。手で投げるほうが正確だし、フットサルの距離感ならかなり鋭いボールをゴール前に入れられるので、アクロバティックなボレーシュートなどがたくさん決まって、見る者を喜ばせたという。

スペイン人のミゲル・ロドリゴ日本代表監督などは、そんなわけでフットサルでのスローインの採用を強力に推している一人だ。今回のルール改正では見送られたが、今後キックインがなくなる可能性もある。

スローインになれば、相手陣奥の場所ではそれこそ、今まで以上にゴールチャンスが増えるだろう。一方で自陣からのスローインは、浮き球が味方に送られる分、つないでいくことがより難しくなるのかもしれない。

「チョン・ドン」はどうなるだろうか。なかなか難しくなるのかもしれない。いや、これも練習を積めば、「チョン・ボレー」という、より強烈なプレーが生まれるのかもしれないが。

キックインから意図したプレーを行おうとする攻撃側と、それを阻止しようとする守備側の攻防は、フットサルの魅力の一つなのである。



プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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