第10回 「フェイク」

「フェイク」…文字どおり偽物とか、まやかしという意味がある言葉だが、フットサルの場合は特に、右に行くと見せて左、前に行くと見せて後ろなど、動きの変化で敵をだまし、マークを外すプレーで使われる。

距離が近い
敵のマークを外す動き

90年代半ばに、多くの人がフットサルをプレーし始めたときのキーワードとして、「足裏」「トーキック」などと共に、頻繁に出てきたのがこの「フェイク」だった。

フットサルはピッチが狭いから、敵が近いという状況だ。その中で、敵に触られることなく味方からのボールを受けるためには、敵から離れなければいけない。とはいえ、ただ離れようとするだけでは、当然敵について来られてしまう。

そこで、右に行くと見せて左、前に行くと見せて後ろ、などのフェイクを入れて、こちらの動きに釣られて対応が遅れた敵との時間差を利用して、フリーになったり、パスを受けたりするのだ。

これはサッカーでも、「チェックの動き」という呼び方でよく取り上げられる。本当に動きたい方向とは一度逆に動いて、敵の先手を取るプレーだ。また、僕自身はフットサルでこのプレーを「ガット」(ポルトガル語でネコの意味)の動きと教わったことがあった。ネコのようにすばしっこく動くのが大切ということだった。

フェイクのポイントは、最初の動き出しで、敵の視野から外れるところにあるといわれる。こちらをマークする敵は、ボールと自分の両方が見られるポジション、体の向きで守っている。そこで、こちらが例えば敵の背中側へ回りこむように前に2、3歩動くと、敵はボールは見れても、こちらを見ることができない。

そうなると、通常敵はこちらを探そうと、2、3歩下がってポジションを修正してくる。こちらはその動きの逆を突くよう元の場所に戻ってくると、敵が動いてくれた分フリーになれるというカラクリだ。

もちろんすべてのシーンがこうしてうまくいくわけがないけれど、敵の動きの逆を突いてプレーするフェイクの発想は、自分がフリーになれる時間を作るという意味で、フットサルでは大切なキーワードだった。それだけに、当初はパス練習ひとつとっても、ボールを受ける前に必ずちょっとしたフェイクの動きを入れるチームがすごく多かった。

ただ、こうした練習で変な癖がついてしまったのかもしれない。実際のゲームでは敵から離れた場所の、敵の視野の範囲内で、ちっちゃいフェイクを入れてボールをもらおうとして、敵のプレスをまともに受けてボールを奪われる、間抜けなシーンも見られるようになった。敵との距離が近いときに、敵の視野から一度外れるために使う原則が、すっ飛んでしまっていたのだった。

敵をだます基本精神を
忘れたくない

ところが最近、日本の競技フットサルの試合で、こうしたフェイクをハッキリ見たという記憶がない。

守備戦術の主流が、マンツーマンからゾーンディフェンスに変わってきた影響がありそうだ。それまで敵の位置が近かったマンツーマンから、敵がバランスよくスペースを埋めるゾーンになったことで、攻撃側がフェイクを入れるべきシチュエーションが少なくなってきたのだろう。

ボールをもらうプレーは、そうしたゾーンのすき間のわずかなスペースにタイミングよく入り込んで、パスを引き出す動きが重宝されている。

ただ、時代はプレッシング全盛でもある。

時間帯によっては、敵がものすごく近くまで寄ってきて、こちらのボールを奪おうとしてくるシーンがあるのも確かなのだ。

そんなときこそ、プレスの方向の裏を取るような、ちょっとしたフェイクが効くのではないだろうか。というのも、敵に迫られているのに、そのまま動く方向を変えずにズルズルと下がってボールをもらおうとし、奪われるシーンを見たことが少なくないからだ。

フェイクは、敵の動きの逆を突いてプレーする発想と書いた。ゾーンのすき間でボールを受ける動きも、いわば敵の守備戦術の逆を突いたプレーといえる。いつの時代になっても、フットサルにはそうした敵の裏をかくという、フェイクの精神が必要なのではないだろうか。

フェイクはプレーしていても、見ていても、とても楽しく、面白いものだ。


プロフィール
菊地芳樹(きくち・よしき)
1971年7月22日生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、学研に入社。サッカー雑誌、ゴルフ雑誌の編集記者を経てフリーに。現在は、サッカー雑誌「ストライカーDX」の編集スタッフとして働きつつ、他雑誌にもフットサルを中心に原稿を書いている。フットサルは90年代半ばより興味を持って取材し始め、これまで各媒体に原稿を書き、実用書も多く手がけてきた。フットサルの永続的な普及・発展に貢献したく、初心者からリピーター・マニアへの橋渡し役としての立ち位置を意識しています。
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