引退
今シーズンを持ちまして、私中島孝は16年間続けてきましたフットサル選手を引退することとなりました。
最後に全日本選手権の中止という結果で終わりを告げることになってしまったことは残念ですが、今こうして振り返っても幸せな選手生活だったと心から思えています。
それはやはりここまでの道のりを大変多くの人たちと出会い、共に歩んでこれたからこその充実だと感じています。
私は一人では何もできないとても弱い人間だと思っています。
サッカーを始めた頃から一人では練習に行くこともできず、親に甘えてばかりのどうしようもない子供でした。
中学の頃になっても合宿に行きたくないからとサッカーを辞めたいと申し出たほどでした。
そんな私が38歳までトップカテゴリーでプレーできたのは、間違いなくこれまで支えてくれた方たちの存在が大きなものとなっていました。
まずはこれまでのチームメイトたち。
いつでもどんな時でも助け合える仲間の存在にどれだけ救われてきたことか。
目標に向かい切磋琢磨してきた仲間たちとの時間でどれだけ成長できたか計り知れません。
勝った時の喜びは仲間の数だけ何倍にも膨れ上がり、負けた悔しさはみんなで分け合う。
そんな苦楽を共にしてきた時間が最高に楽しかったです。
偉大な先輩たちの存在、かわいい後輩たち、自分は仲間に恵まれていると自負しています。
これまで過ごした全てのシーズンが大事な思い出となっています。
ありがとうございました。
そしてそんな私を支えてくれたコーチングスタッフ、メディカルスタッフ、フロントスタッフ、そして地域、行政の方々、スポンサー様。
見えないところで常に私たちが輝ける場所を作り出してくれていました。
素晴らしい監督やコーチの指導がなければここまでフットサルの虜になることはなかったと思います。
そしてメディカルスタッフの方々には本当にお世話になりました。
リーグ300試合出場を達成できたのは間違いなくメディカルスタッフのおかげです。
また地域、行政の方々がいらっしゃらなければ、あのホームの雰囲気は作れなかったでしょう。
最高の雰囲気でした。
スポンサー様、私たちを信じご支援頂けたこと心より感謝いたします。
どれだけ恩返しができたのかわかりませんが、その存在には常に感謝しプレーしてきたつもりです。
たくさんの夢をいただき、ありがとうございました。
さらに欠かすことのできないファン、サポーターの皆さん、そして友人たち。
これまでその声援にどれだけ勇気をもらえてきたことか。
そんな勇気をもらえなければ私はとっくに選手を辞めていたことでしょう。
勝って共に喜んだ笑顔は忘れません。
中々勝つことができなかった時でも常に前向きな発信をしてくれましたね。
その存在に背中を押されここまで戦ってこれました。
ありがとうございました。
そして最後に家族。
本当に苦労しかかけていません。
それなのにいつだって笑顔で応援してくれました。
何よりも私のことを尊重し、影で支えてくれました。
きっといろんな犠牲を払い、我慢や苦悩もしたことでしょう。
それでも私の夢を一緒に追いかけてくれました。
ありがとう。
文章では伝えきれないほどの感謝の気持ちに溢れています。
私のフットサル人生すべてが大事な宝物になりました。
これからもこの宝物を磨き続け、もっともっと価値あるものにしていきたいと心から思っています。
支えてくれた全ての人に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
中島 孝